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仕入れ、陳列、接客に花束製作…すべてができるおもしろさを知った
見つけた! バイトから将来の道(フラワーショップ編)

バイトをしていて、「将来やりたいことが見つかった!」という方はいますか?
「お給料だけが目的だし、そういうことは特にないなぁ」という方もいるかもしれません。
今回取材したのは、広尾にあるフラワーショップ「温花家」の薩本紀之さん。
イベント会社に就職したが、大学の時にしていたお花屋さんの仕事が忘れられず、
フラワーショップを開店した人物。彼が職を辞め、バイトでもいいから花屋さんに就いた
理由はなんだったんでしょうか。
お花屋さんが、彼の一生の仕事になったまでの道のりを紹介します。

(取材・文:浜田彩 編集部:メガネ 制作日:2007/9/3) 

「温花屋」代表 薩本紀之さんフラワーショップ開業への道

すぐ辞めるだろうと思って入った、花屋さんの世界
花の名前はバラしか知らなかった
  花屋で働きはじめたのは大学1年生の頃。
特にやりたい仕事もなく、遊ぶお金ほしさにアルバイトを探したときに友人の誘われて
軽い気持ちではじめたんです。もちろん花の名前なんて全然知らないし、
自分がお店を開くなんて想像もしませんでした。

  その店で働く前に、引越し屋さんやデリバリー、ホールスタッフ、遊園地スタッフ…、
いろんなバイトを全部3日くらいで辞めていた経緯もあったので、
この店も長く続くはずがないと思っていましたね。
でも結局、大学卒業まで約3年間、働き続けたんです。
有限会社 温花家
【有限会社 温花家】 東京都港区南麻布4-5-55
日比谷線広尾駅徒歩3分(03-5420-1787)

お花屋さん
薩本紀之さん(38)
お店は温花家と書いて「はるかや」と読む。現在はご夫婦でお店を経営なさっています。
早朝、市場に行って仕入れの手伝い
  長く続いた理由のひとつは、店の自由な雰囲気が自分に合っていたからかな。
シフトも休憩時間も決まっていなくて、自分の意思で働きたいときに、
好きなだけ働けたんですよ。時給は500円。安いですよね(笑)。
当時は、すぐ辞めると思っていたし、暇つぶしみたいなもんで、
時給じゃなかったんです。でも、朝6時から市場行って、午後、学校行って、夜仕事と、
休みなく働いたからかなり稼げましたよ。
だから、バイトをやめるときの時給は700円になっていました。
あと、花屋で働いているというだけで、周囲から「いい人」に思われるっていう特権も
あったかな。花を好きな人に悪い人はいないってイメージ(笑)。
そんなこまごまとした理由もありますけど、長く続いた一番の理由は、
仕事にヤリガイを感じたことですね。

“ヤリガイ=必要とされてる自分”を実感
   仕事内容は、市場から届いた花の水揚げ、陳列、接客でした。
しかも、当然のように花束まで作らされました。すべての工程をひとりでしていました。
すべての工程をひとりでできる。この面白さは、花屋ならではです。
この花は売れるかな? 自分は欲しいけど、お客さんはどうだろう?
そんな感じで仕入れをして、接客をして、花束を作って…。
そして、お客さんは花束を笑顔でほめてくれる。
“自分のすべてが認められたような気持ち”になってうれしくて。
大学生ともなると、なかなかほめられないじゃないですか? 本当にうれしかたですよ。
「コレ、僕が作ったんです!」ってお客さんに配達するとき、わざわざ言ったりして(笑)。
そのうち、接客だけじゃなく、仕入れでも僕がいないと店が回らない状況になって、
自分が必要とされていることに働く喜びを感じていました。
お花屋さん

忘れられない。あの充実したヤリガイある日々
イベント会社に就職。1ヵ月後退社
  花屋で仕事のやりがいを感じていましたが、僕も多くの大学生と同じくサラリーマンに
なるため、卒業後はイベント会社に就職をしました。

  しかし、花屋でのバイトの日々に比べ、そこでは働く充実感をまったく感じる
ことができずに1ヵ月で退社することに。
自分がこの会社にいなくても問題なく仕事はまわるのだろうなとも思いました。
サラリーマンの1ヵ月間、ずっと花屋のバイトの楽しさ充実感を思い返していました。

  だから、もう一度、働く手応えと自分を必要としてくれる場所を求めて、
フラワー業界に戻ることにしました。
バイト先は残念ながら閉店していたので、新しい仕事先を見つけることにしたんです。
フラワーショップ
店内は、和を基調とし、自分の好きなもの(ほとんどがサッカー関係)で埋めたそう。広尾という土地柄か、外国人のお客様も多い。

フラーワーショップ
必要とされない自分への苛立ち
  最初に入ったのは、バイトでも良いと思って受けたホテル内の花屋。
売るだけでなく装飾の仕事も多く、新たな発見も多かったですね。
しかし、ホテル内ということでネクタイの着用を義務付けられ、自分の求める
スタイルとの相違を感じて半年で辞めました。
そして次の店もバイトでしたが、半年で辞職。自分としては“3年間の経験”という
自信があるのに、“新人”ということで花束すら作らせてもらえない。
自分が必要とされない上に仕事も続かない…。
花屋としても社会人としても自信をなくしていた時期でしたね。

大抜擢で、いきなり副店長に
  自信喪失の悪循環から抜け出すため、次の店は“何があっても
絶対に辞めない”という決意をしました。大人として、人間として、
こんなすぐに仕事をやめては癖になる、ダメになると思ったんです。
そして、気分を新たに花屋の仕事探しをはじめました。ある大手の花屋の面接で、
「副店長をやらないか」と言われて社員採用されることになったんです。
いきなり!とびっくりしましたが、ものすごくやる気が沸いてきました。
そこは制服を着たり革靴を履いたりと、制限もありましたが、入社前の誓いを
思い出し踏ん張りました。
フラーワーショップ

フラーワーショップ
習うより現場。それが花屋さんの仕事
  仕事場には、従業員が年下で知識はあっても経験不足という人が多く、
僕の今までの経験が役に立ち、やりがいがありました。
花屋では、採用されるために資格が役立つことがあっても、
現場で戦力になるのは勉強よりも“経験”なんです。
フラワーアレンジメントなど、資格をとりに専門学校へ通うのもいいですが、
まずは仕事として触れることを勧めます。
だから、何の資格もなかった僕でも大手の花屋、しかもいきなり副店長として
働けたんだと思います。

必要とされる場は自分でつくる。それが“温花家”
自分のお店を開くということ
  その後、別店舗でも副店長を勤めて、入社して5年が経過していたときに、
京都への転勤を命じられたんです。転勤は嫌だけど辞令を断れる状況ではない。
しかたなく退職を考えたときに、「次の職場でも、使われる立場でいる限り
どうせいつかは辞める結果になるんじゃないか」「自分を必要としているところは
自分で作るしかない」と思って、自分の店を開くことを決めたんです。
親に借金をして、開業のための知識を本で勉強しながら、会社を辞めて4ヵ月後には
この「温花屋」をオープンしました。
フラーワーショップ

フラーワーショップ
迷惑かけられる今こそいろんなバイトを
  開業して改めて感じたのは、結果としていろんな店で働いたことが役立つということ。
花屋は店によって仕入れも稼ぎ方も千差万別。どのやり方も勉強になるんです。
不必要な経験なんてないんです。最初、自分がどうしたらいいかわからかなくても、
いろんなやり方を見ていくうちに、自分流に自然とわかっていくと思います。
だから、若いうちは何でもバイトしてみることです。辞めたっていいじゃないですか。
辞めて迷惑をかけられるのは今のうち、若いうちです。
僕みたいに様々なバイトをやってみて、ひょんなところで運命の職業と出会える
かもしれませんからね。いろいろ試して欲しいです。

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編集後記
  今回、インタビューさせていただいた薩本さん。とてもほがらかでやさしい雰囲気に包まれているかたでした。薩本さん考える、花の魅力についても聞いてみました。僕が想像していたのは“美しさ”とか“華やかさ”とかだったんですが、薩本さんが答えたのは「枯れるところ」。あまりにも深い答えに、しばらく言葉がでませんでした。“人生と同じ”ということかどうか、この答えがわかるのはもっと先になりそうです。

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